2010年6月23日水曜日

わらじや@三重県伊勢市 伊勢うどん


わらじや@みえけんいせし いせうどん 

~伊勢神宮、赤福、伊勢うどん~

伊勢に観光といえば赤福を食べて伊勢神宮へ参拝、初めてなら伊勢うどんも試すかな。もちろん他にもいろいろとあるだろうけど、この3つは抑えるんではなかろうか?

伊勢神宮

江戸時代、農民はその土地に縛られて簡単に関所を越えることができなかった。しかしながら、お伊勢参りを理由にすると関所を越えるための通行手形が簡単に手に入ることから、当時の参拝はそれはそれは楽しい旅だったのではないかと、歴史に思いを馳せながら伊勢神宮を参拝するのも一興かと。
ちなみに、当時は江戸から歩いてどこにも寄り道せずに往復30日かかったそうな。その旅費は講と呼ばれる共同募金で捻出し、参拝者をクジ引きで決めていたのだ。江戸時代の人々はなんとも粋ですなぁ。

伊勢神宮の内宮、特に皇大神宮なんかは、これでもかというほど神々しのだけど、私なんかはその途中の細かいところも好きだ。例えば

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このように、階段の途中にある樹木でもその生命や成長を妨げることなく神社が存在しているのである。

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えっ?・・・。

赤福

おかげ横丁という、伊勢神宮観光客が銭を落としていくおかげで存在できる横丁があり、その一角に有名な赤福の本店がある。
甘味をあまり摂らない私としてはスルーをしてもいいのだが、生まれてこの方一度も赤福餅なるものを食したことがないので、モノのついでにいただいてみた。

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なるほど甘い。昔は甘味も少なく貴重だったんでしょう。

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軒先には

「つばめ」の巣づくりに(↑)ご協力下さい

とある。

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人の出入りが激しいのでわからなくはないんだが、(赤福)は協力しません・・・と。

伊勢うどん

伊勢うどんは浦田町橋本屋七代目の小倉小兵という人が始めたといわれている。Webを渉猟すると、当時の人気店は遊郭古市の豆腐六(どぶろく)だったということがわかる。当然ながら始めた当時は伊勢うどんという名前ではなかった。名前の由来は「まめや」とも永六輔ともいわれているが、真相は定かではない。まめやからの由来を引用しておこう。

伊勢うどんは昭和42年、名古屋のメルサに赤福や魚九らと共同で出展した時「伊勢うどん」と名付けたのが始まり

ちなみに永六輔の説はWikipediaに掲載されている。

伊勢うどんのウンチクはこんなところで、実際どのようなものか。赤福と同じおかげ横丁にある「わらじや」におじゃましてみた。

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入口付近ではお土産のうどんなどを売っている。

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「手こねすし」などの伊勢名物料理もあるが迷わずに「伊勢うどん」を注文する。

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店内は至って普通。

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程なくして登場したのがこちら「伊勢うどん」。碗面に迫力がない。

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こちらの麺は先程取り上げた山口製麺」の麺を使用している。麺肌に艶がないが露を絡みやすくしているためか?

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伊勢うどんは「まぜまぜ」して食べるもの、いただきます。
甜い、甘い。山口屋の露も甘かったがさらに甘い、出汁の味も感じられない。
麺はやはりふにゃふにゃ、伊勢うどんらしいといえばそうなんだけど、フワっとした感じがなくてなんとも味気ない。

名前がまだ伊勢うどんではなかった頃の初期の伊勢うどんは、味噌の「たまり」で食べていて「ダシを加えるようになったのは最近になった」とのことなので、ある意味原始的な伊勢うどんなのかもしれない。

江戸の蕎麦も貴重な醤油やカツヲ出汁で摂った露で食べる前は、垂味噌と呼ばれる味噌の研ぎ汁を布袋に入れて垂らした液体につけて食べていたという。伊勢うどんの「たまり」も当時は貴重な醤油やカツヲや昆布などの出汁がないなかで使用されたものだろう。そもそも「たまり」は醤油の起源なのだから。

わらじや

住所__:三重県伊勢市宇治今在家町46
電話番号:0596-22-2910
定休日_:無休
営業時間:8:30~17:00
駐車場_:なし
評価__:★☆☆☆☆
訪問日_:2009/4/15


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